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鈴木チェアマンのJ3構想から考えたコト
Jを目指すクラブが増えないのは、小手先のリーグシステム改革で何とかなるレベルの問題ではなく、構造的な問題だ

 
ザスパ、かりゆし、愛媛FC、、、。
Jの舞台で戦うことを夢見るクラブは大勢ある。が、それ以前のJFL(全国リーグ)加盟の時点でその多くはハードルを越えることが出来ない。
JFL 年会費は1千万円。自前のグランドを所有し、交通の便のいい横河電機ですら、選手給与抜きで約5000万円の運営費が必要とされている。JFLの入場料収入はグランド使用料金を賄うのが精一杯のしょぼい売上な訳で、全国リーグを戦うチームがその地域に存在することに約6000万円分のメリットを感じてくれる太っ腹な企業は、この不景気に存在しない。(ちなみにJ2に加入するには入会金が2000万、年会費約3000万が必要)
J3を全国リーグでなく地域リーグとして行えば、確かに交通費は削減される。が、「リーグ」の運営は資金面以外にも様々なハードルをクリアする必要がある。具体的に言えば「グランド」と「運営能力のあるスタッフ(モギリのお兄ちゃんじゃないよ)」。J3には現在のJFLチームの全てが移行する訳ではなく、アマチュアリーグに活動の舞台を移すチームもある。グランドを必要としているのは社会人リーグだけでなく、大学リーグ、新設のU-18リーグもある。天然芝スタジアムは旧勢力の既得権で既に満杯。
「地域の理解、支援」と簡単に言うけど、既存競技場は「市民」の為の施設。一クラブの専有利用=市民の利用日数の削減だけに、「レベルの高いサッカー」を唱えたぐらいで、頭の固い行政は納得しない。
これらハードルを食い破るコネ、調整力、政治力を持ったクラブは僅少なのが現実だ。では運営者をJ3に提供できる程、Jリーグは人材が豊かなのか? 横河電機ですら、地元の武蔵野陸上競技場を年4回しか使用できない事)で、施設優先利用の困難さが御理解頂けるだろうか。

また大所高所から見ればチッポケな問題だが、現在JFLに所属する本田、大塚などの強豪企業クラブに対するフォローも軽んじてはならない。サッカーしか能のない社員を二十数人雇用し、専用グランドを保有することは年間1億を越える支出を許している計算だ。サッカー界にとって大のお得意さんだ。JFL→J3の過程で、企業側がサッカー部を廃止縮小させる気を起こさせてはもともこうもない。

(日刊スポーツから引用する)
> 「鈴木チェアマンの「J3構想」の背景には、現在のJFLが抱え
> る問題点があった。Jリーグに上がるには、昇格条件を満たしてJ
> FL2位以内に入ることが必要。しかし、実際のJFLはJリーグ
> を目指すクラブとアマチュアの立場を守るクラブが混在している」

が、問題はアマチュアの混在のせいではなく、J2を戦う戦力と下部組織、地域の支援体制を作ることは、金的にも人材的にもハードルが高いこと。サッカークラブが提供するサービスの質の低さ(及びそれに無自覚なこと)の反映に他ならない。
地域住民の一定数を、その貴重な週末をサッカー観戦に誘導するには、「メディアで取り上げられること」及び「サッカー、観戦環境の質」を高める必要がある。そのハードルをクリアすることは「毎年億単位」の投資が必要だが、かといってそれが何十年後かに回収される保証はないのである。
J3スタート後、全国リーグを戦うだけの予算規模を持たぬクラブがJ3で優勝し、J2昇格を資金的に断念することは大いにありえる話だ。J3構想で抜本的な問題は解決するわけではない。
実際東西二部リーグ分割程度では交通費の削減といってもたかが知れている。経費削減に最も有効な対策は今年のJFLと同様、年間試合数の削減である。
(J3といえども、腐ってもJリーグ。愛媛FCや、かりゆしFCが地元企業からお金を集めやすくする「ハク」としては、「J3」はそこそこ使えるかもしれない。がそのハクと引き換えに、下部組織の整備といった非採算部門への支出も増大する)

「上のリーグ」にお金がかかるのはJリーグに限った話ではない、筆者自身もクラブを運営し、その拡大を模索している。が、例えば関東リーグであっても、年間数百万円の予算が必要となる。現在の関東リーグの認知度で言えば、金額に相応するスポンサーを見つけることは難しい。「サカツク」と違って、現実のクラブ作りは上を目指せば目指すほど出費は加速度的に増大するが、「満足度」「喜び」をそれに比例して増大させることは困難なのだ。
では、どこまで上のレベルにいけば、「経費」の増大に、「喜び」の増大が追いつくかというと、2002年現在、採算に見合う効能の見込めるサッカーチームは「日本代表」1チームのみではないか。
実際華やかな欧州でも、「マンU」「バイエルン」など一部の勝ち組が繁栄を謳歌する一方、中堅以下は選手給与高騰の煽りを受けて、明日をも知れぬ厳しい財政状況を抱えているではないか。

サッカークラブは儲からないことを縷々説明してきた。だからサッカークラブなんてガウチクラスの金持ち以外は手を出すなという立場の論を展開したいわけではない。筆者は何とかサッカークラブを自立させる方策を見つけたいと祈願する者である。
自立したサッカークラブを増やす為の筆者の提案を披露したい。

プレーヤーが自分自身で負担できる金額で運営できる規模のリーグ(県リーグ以下)の充実である。

残酷な言い方をすれば、ちょっとサッカーが上手ぐらいの選手は、それなりのお金を払わない限り、プレーの場を確保できないシステムを作ろうということ。その対価を支払えないプレーヤーの便宜は後回しでいいということ。

例えばゴルフは1ラウンド1〜数万円という費用が常識となっている。諸外国と異なりスポーツ施設の未整備な日本では、2〜4種(小学〜高校生)は誰もがサッカーを楽しめるように選択肢を広める一方で、1種(社会人)では、1試合1万円を払っても質の高い環境でサッカーやりたいという人を対象としたリーグサービスを協会は優先するべきではないか。(特に都心部では)

(ここから先は、日本サッカー協会のキャプテンズ・ミッションを斜め読みして頂けると、このコラムがより深く味わえると思う)

残念ながらキャプテンズ・ミッション。またの名を「登録200万人構想」を読む限り、「社会人サッカーの環境改善」は優先順位の上位にランクインしていない。

成年に対する施策としては「ファミリー・フットサル」の提唱、「ママさんサッカーの振興」が謡われているが、これらのマーケットは自然発生的に活性化する市場ではなく、マンパワーを必要とし、しかもその割に爆発的な拡大が見込めない市場である。
市場拡大の可能性が高く、省労力が見込める社会人サッカーは市場として魅力がないのか。
霞(かすみ)を食って生きることはできないのだから、普及の為には収入を得る必要がある。「中学年代の振興」は非常に重要な施策ではあるが、それに必要な対価は一体どこで捻出しようというのか?
「代表」成金でお金には困っていないって?

民間が主催するサッカー大会では、波崎や菅平の芝のグランドで参加費宿泊費込みで一泊二日で15万円(/チーム)が標準である。
この金額は標準的な1種登録チームが年間に協会に納める金額を軽く上回る。
大都市圏のプレーヤーは決して遠征が好きで、地方の大会に参加しているわけではない。都市圏のリーグ環境が劣悪だから、仕方なく遠征しているのだ。この問題意識が抜け落ちたところで「登録」の問題を論じても、「誰もがサッカーを楽しめる」社会には百年経っても辿りつかない。
週末に2万円(/一人あたり)払ってもサッカーがしたいというニーズが満たされないことより他に、JFAが取り組まなければならないどんな課題があるというのだ。
いくら若年層を普及育成しても、二十歳を過ぎてアスリートとして活動できるのは全体の1%以下。99%は市民プレーヤーとしてしかサッカーを楽しむことになる。
Jアカデミーなど、入口を広げるばかり施策ばかりで、出口を確保しない施策は余りにもアンバランスではないか。
TV放映権、スタジアムの観客収入、サッカーでイメージUPをはかる企業のスポンサード、それらの市場の規模に比べれば、社会人プレーヤーの市場は無視しても差し支えないのだろうか。

過去、日本代表の監督選びに関する議論の中で「選ぶ側の日本サッカー協会がアマチュア」「プロ化が必要」といった論調が見られたが、筆者が考える「スポーツ協会のプロ化」とは、週末という限られた時間に、そのグラウンド、スタジアムから高い収益を上げる能力を身に付けること、更に高い収益を上げようという志向性を持つことである。
現在のJFA&県サッカー協会のサービスは2〜4種に対するもの占める割合が高く、その理念は「強化」「平等」「公平」である。
質の高いサービスを「公平」「平等」に提供するのであれば問題はない。が、現在のサッカー協会の提供するリーグサービスはお世辞にも高いとはいえない。「質の低い」サービスの「平等」「公平」は競技発展の阻害要因となっているのではないか。過渡期の措置として「高質」なサービスを提供する為に、「平等」「公平」を犠牲にするべき時期にきているのではないか。

スポーツ界だけを見渡せば、サッカーは優等生かもしれないが、日本社会により深く浸透したいのであれば、パチンコ、ゲームセンター、雀荘、競馬、競艇、競輪場、家々には家庭用ゲーム機というアフター5(余暇)を巡る激しい「余暇」争奪戦が繰り広げられている。ライバルを圧倒しろとは言わない、一定の地歩を固める必要はないのか。

キャプテンの理想「誰もがスポーツを楽しめる社会」は美しいが、質と量を伴わなければ市場の敗者とならざるを得ない。
それでなくてもサッカーは、上記サービスと比べた場合、敷地面積当たりの満足度では圧倒的な不利を抱えているのだから。

市場の論理に基づいてサッカーのプレーの対価を値上げした場合、そこで挙がった収益を一体どこに投下するのか。勿論、施設の拡充・改善と、運営スタッフの育成である。自らの腹を痛めることなく、行政に作ってもらった施設はスポーツ界にとって使いづらい施設にならざるをえない。維持費、償却費はスポーツ側が自己負担とするなどの対価を支払っても、運用の自由度を確保したい。

市民向けのスポーツ施設が貧弱(更衣室、シャワーがない、土クレであるといった環境面より、予約する為に平日昼間に抽選会に参加する必要があるという点こそ貧弱さの例として挙げたい)なのは、市民スポーツが非採算部門だからだ。民営の旨みのあるボーリング場、ゴルフ場は公営のものは存在しない。(こんな例外もあるらしいが

キャプテンズ・ミッションでもグランド問題は重要項目に挙げられているがいるが、確かに施設運用権の獲得は重要なキーである。
行政の施設を民間が運用する=PFI関連記事)のスポーツにおけるロールモデルをサッカー界が先鞭をつけること。企業のスポーツ離れが進むこの時代、totoの分配金をあてにするのでなく、自前でおまんまを稼ぐの出なければ、競技の普及は成り立たない。

横道にそれるが、協会、クラブが普及・収益事業を行う場合の困難について簡単に触れよう。
事業を成功させる為にはより広い商圏から顧客を集めたいわけだが、既存のスポーツ施設は区営、市営のものが殆ど=区民、市民対象の事業はいいが、区外、市外の不特定多数に対するサービスは行えない建前がある。
例を挙げて説明すると、多摩市営陸上競技場で少年サッカー教室を主宰する場合、建前としては対象は多摩市の小中学生を対象とした教室でないと使用許可が下りないのだ。(現実には地元区民、市民対象という規定を無視して東京都社会人リーグは年間2000試合近い試合数を消化している)
少なくとも都心部では11人が同じ行政区域に居住するサッカークラブは圧倒的少数派である。三鷹市民と杉並区民と中野区民が混在しているのが首都圏の人間関係の標準だ。
この課題は県協会レベルではどうすることもできない。集団スポーツに居住地主義を持ち込むことは、かえってその市区に住む住人にとっても不利益であること。日本サッカー協会には、行政のこの排他性、後進性を打破する牽引車の役割をこそ果たしてほしい。

「J3」の話が、「登録200万人構想」に逸れてしまった。
もともとの話は、「サッカークラブ」が「強化」を主目的として運営する限り、構造的に赤字が運命付けられているという話だった。
ここで「サッカークラブ概念」を拡張し、フットサルコートを一つの「クラブ」として見た場合、スポンサーに頼らない収入部門を持った生存性の高いクラブと捉えることができる。
武蔵野線沿線に100×70mの土地を持つサッカークラブがあるとしよう、100×70mあれば8面のフットサルコートを敷設可能だが、昨今のフットサル熱なら1〜2年で月間1500万円(約年2億円)の売上を達成することは難しくない。(初期投資の償却は馬鹿にならないが)
一方1面のサッカーコートで少年サッカークラブを営んだ場合、Jクラブの看板をつけた付加価値をつけても一人当たりの生徒単価は8000円が限界。広域から生徒を集め、幼稚園〜中学の全クラスをもってもで月間3百万円が限界ではないか。ましてやプロサッカーチームなど金を食うばかりだ。
「強さを売りにする」サッカークラブが「フットサルコート」に勝る部分は、メディア登場回数(認知度)、自分の夢を仮託するファンの存在だ。コンサドーレ札幌の収支を心配してくれるファンはいても、フットサルクラブの収益を気にする利用者は殆どいないのだから。
サッカークラブがその生存能力を高めるには、サービスの質を高め、高い会費を払ってくれる会員を獲得することと、会員のクラブに対するロイヤリティー(忠誠心)を高めることの2つの課題を同時に追求する必要があるだろう。
Jの裾野を広げることそれ自体には賛成だが、「チームの強さ」とサッカークラブは存続は直接結びつかないことが周知徹底されなければ、毎年のように「鳥栖」「甲府」「福島FC」の危機が繰り返されるのは目に見えている。


 
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