大人のためのサッカー教室

システムの説明

小林サッカー教室 日程

シュート東大教室 日程

フットサル教室 日程

小林サッカー教室
教室の概要
コーチ紹介と指導方針
クラスとレベル
平日夜のメイン会場
日程/会場
参加費
用意するもの
 
長期的ビジョン
教室の雰囲気
大人のためのサッカー教室受講生登録
よくある質問
問い合わせ
教室O-30チーム
リアルタイム報告記

サッカー教室(スクール)HOME > 小林サッカー教室概要 >教室O-30チーム・リアルタイム報告記11

   
 
 
連載その11 〜 これでまた、草サッカーから離れられない
 
試されていることの緊張と刺激

 同じ教室に通い、同じコーチの指導を受けながらボールと親しんできたメンバーがひとつのチームになる。4月のチーム結成から5ヶ月。目標を大会での優勝に置いて練習、試合を重ねてきたO-30チーム。
 結果だけを見れば、目標達成は叶わなかった。だが、その道程は一プレイヤーとしてとても刺激のある日々だった。均等の出場時間が与えられる普段の教室での試合とは違い、レギュラーポジションを確保するための切磋琢磨があり、チームとしての約束事を果たすための意識付けと技術が求められ、今の時点での力を出し切る明確な場が用意されていた。
 30代になって、生のままの自分を試される機会なんてそうはないでしょ?
 仕事場でそんな話をすると、たいていは失笑が待っていた。冷静に距離を測ればたしかにそうだ。単なる趣味で、余暇に体を動かすアクティビティの一種に過ぎない。けれど、この5ヶ月で残った手応えは大きな価値のあるものだった。
 試合中に自分のプレーができるかどうかで悩み、チーム内でのポジションを考え、コーチの話に耳を傾け、他のメンバーとこのチームでのサッカーについて話し合う。茶化す人間は誰もおらず、グランドには常に真剣な楽しさだけがあった。月謝を払って、コーチにサッカーを習っている馬鹿な大人たちがとっても愛らしかった。

 
コーチがいることの心強さと甘え
 大会本番。初戦を迎えるベンチの雰囲気はがちがちだった。
 前夜の到着が遅かったため、ほとんどの選手が寝不足。さらにこうした草サッカー大会への参加は初めてというメンバーも多い。たいてい試合前はユニフォーム姿のよそのチームが強く見える。緊張と「練習の成果を出したい」という気負いが顔に出ていた。
 それを察知したコーチは、練習ではほとんど行わなかったロングボールを相手陣内に放り込み、全体を押し上げようという指示を出した。
 後日聞くと「あのまま普段通り試合に入ったらやられると思った。まずは押し込むことで落ち着きと自信を取り戻して欲しかった」と種明かしをしてくれた。
 結果は1−0での勝利。その後の3試合でもコーチの指示は実戦的なものだった。ピッチ状態の悪さ、選手のコンディションの悪化、相手チームとの止める蹴るを始めとする技術の差……。さまざまな要素を計算し、適切なアドバイスを与えてくれる。そして、アップとダウンの充実ぶりもまた、参加チームの中では群を抜いていた。草サッカーのチームにおいて、そんな存在がいるのはまれなことだ。リラックスさせるところではおどけ、締めるべきところではバシッと気合いを入れる。それもまた、教室ならでは光景。今思えば、コーチの指示プラスαを選手同士で出していければ、結果はまた違ったものになったのではないか。不安で頼り過ぎてしまった面は否定できない。ピッチでプレーするのは自分たちだ。もっとコミュニケーションを取り、状況を見て、個々の持ち味を発揮していくべきだった。
 
ボール一個で世界がグッと広がっていく

 1日目の2試合が終わった日の夜、宿舎では僕も含め、何人かの選手が鍼治療とマッサージを受けていた。O-30チームには、鍼灸師で教室生でもあるサトコがトレーナーとして帯同してくれていた。練習や試合の前にテーピングやバンテージで患部のケアを行い、終了後には「あそこが痛い」「こっちを痛めた」と言い募る大人たちを、しかたないなぁという笑顔とともに治療してくれた。
 ありがとう。これはたぶん、チームの総意として。
 少しばかり大会から話が脇にそれるが、これもサッカー教室の魅力のひとつだ。
O-30チームだけでもさまざまな職業、経歴、年齢の選手が所属していて、ふとした雑談の時にビックリさせられることがある。その輪を教室に通っている人々全体に広げたら、いったいどうなることか。サッカーが好きだというただ一点でつながりながら、蹴り始めなければ交わらなかったであろう線がクロスする。
 一方で、大会に参加チームを見渡せば、そこには中高大と本気でサッカーに打ち込んでいた全国大会レベルを経験したプレイヤーがいて、同じピッチに立っている。こっちはサッカー歴4年弱、向こうは20年とかだろう。そんな人たちと肩をぶつけ合い、抜いたり、抜かれたり、抜かれたり、抜かれたり。草サッカーの外海にカテゴリーはあってないようなもの。だからこそ、おもしろい。

 
もう少し、もう少しと深みにはまっていく
 表彰式を見守っていたある選手は「5位って、なんかむなしいね」と言っていた。また別の選手は「結成当初に思い描いたほど、チームとしてまとまれなかったよな」とも言っていた。言外に伝わってきたのは、手応えがあったからこその落胆だった。
 1日目の2試合目、経験者がほとんどのチームと引き分けることができた。押し込まれ、チームとしての守備戦術が機能しなくなった時間帯もあったが、耐えきった。
 2日目の1試合目、ペースを掴んで試合を進めることができた。自分たちのリズムでボールを動かし、練習で繰り返した攻めの形を出せる場面も多かった。
 ポイント、ポイントを抜き出せば、十分に戦えていた。このチームにはA決勝リーグに進める戦闘能力はあったと思う。たとえ、優勝争いでぼこぼこにされようともう一歩上で戦えば、得られるものはさらに大きかったのではないか。それだけに悔いが残り、このチームがこれで解散してしまうのが惜しい気持ちになっている。もっと練習をして、完成度を高め、もう一度、大会を戦いたい。それが今の素直な気持ちだ。もっとうまくなりたい。
 同時に同じコンディションの会場で行われていたオープン大会を見ていて痛感した。もちろん、サッカー歴の違いはある。彼らは放課後の大半をボールとともに過ごしたはずで、今更追いつけるわけがない。それでも、僕らの基礎技術が足りないことは明らかだった。濃霧、滑りやすいピッチをものともせず、容易にボールをつなぎ、ミスのないままペースを掴んでいくチームがいくつもあった。
 それに比べて、自分の止める蹴るの正確さ、短距離のパスの丁寧さ、攻守の切り替え……サッカーに必要な基本の部分がいかに足りないか。トラップミスを繰り返し、ミドルシュートを何本も打ち上げながら、軸足に原因があると思いつつも修正できないまま、大会は終わってしまった。
 
大会を通じて感じた心地よさ
 それでも合宿、大会を通して残った感触は心地よいものだった。そこそこ通じた自分のプレー。宿舎でのチームメートとの何気ない話。参加賞でもらったキャベツ。がやがやと楽しい2泊3日だった。
 照れくさいところを書いてしまえば、試合中、何度か練習でコーチから聞いた言葉が頭を過ぎっていた。
『ヘスペイト(respeito)』と『コンフィアンサ(Confianca)』。
『尊重』と『信頼』。

 ボールを奪われると仲間が必死にカバーをしてくれる。浮き球を処理しようと思えば状況を知らせる言葉が聞こえる。スペースに走ればボールが出てくる。
 一方でプレーが切れた瞬間に、仕事のことや日々のことも考えた。日常にはさまざまな思惑が絡み合っている。つまらない探り合いや意地の張り合いもあれば、余計なパワーバランスで右往左往することもある。けれど、ピッチの上にはサッカーしかない。味方は損得抜きで味方で、ボールを中心にすべてが回っていく。僕はサッカーそのもの以上に、そんな純度の高い時間の流れに惹き付けられているのかもしれない。
 いい大会だった。

終わり
 
TOPへ